出力して、引っ込める選択


サッ

ブログなら出してすぐ引っ込めるのもありですが、SNSは難しい。

前回の配信が2月11日なので、
このメールは12日振り……ということになりますが、
僕の中では、そんなに空いた感覚がありません。
というのも、今日配信の前に、別の記事を2本書いているからです。

配信しなかった2本の記事は、どちらも1000文字超なので、
いつも通りというか、それなりの読み物だとは思います……が。
ともあれ、僕は配信しないと決めてお蔵入りになったわけです。

毎日メルマガを書いていた頃も、
出す前に考え直して、記事をボツにするのはしょっちゅうでした。
これが出版社や広告会社であれば、目ざとい上司が記事の品質を見定めて、
「ありがたいことに」ボツを出してくれるわけです。
お陰でチェックを通過した情報は、一定の品質が保障される。
この安全装置が無ければ、自分でやるしかないのです。

さて、我々の接しているインターネットでは、
出力した後で、「出す・出さない」を考えるプロセスが抜け落ちているか、
もしくは希薄なことにお気づきでしょうか。特にSNS。
Twitterで馬鹿を晒して、とんでもない授業料を払う若者が居ますが、
要するに、品質管理(危機管理でもいいです)の概念が無いのです。

これはもう、システムからして、実装されていません。
例えば、Twitterに投稿した後、5分程してメールが返信され、
「この記事を投稿して実社会に晒しても、後悔はしませんか?」
の一言を添えて、最終承認のOKボタンが押せるなら、
失言によるトラブルは随分減っていると思いますよ。
でも、そんな仕組みはストレスがたまるので、
きっと実装しても支持は得られないでしょうね。

昨今は「デジタルタトゥー」という言葉があるようです。
ネット上での発言は何処かで保存され、特に失言の類は永久に消えない。
後悔したところでもう遅い。
現実のタトゥーは皮を剥げばごまかせますが、
ネットの発言は無制限に複製され、場合によっては脚色され、拡散します。

ひと昔前。
ある情報をインターネットから削除するために、取り組んだ経験があります。
(法に触れる情報じゃないですよ、公でまっとうな情報です)
結論を言うと、当時僕はその情報を消しきれませんでした。

Aサイトに掲載された情報は、自動的にBサイトに掲載され、
さらにCサイトが拾って……という具合に、連鎖的に情報が拡散するのです。
拡散は自動、しかし削除依頼は権利者であっても、
個々のサイトや企業に申し入れる必要があります。ウンザリしましたね。
そんな経験もあるものですから僕は、
「ネットに出したらもう無理じゃん」と半ば諦観があるわけです。
ネットはおっかないから発言するなと言ってるわけじゃないですよ。
質の良い発信に努めれば、メリットは大きいです。
このメリットを、僕は「信用」と呼びます。何につけても信用だなぁ、と。

思慮深い。賢い。アイデアマンである。誠実である。プロフェッショナル。
嘘をつかない。面白い。楽しい。愛がある。仕事ができる。etc…
インターネットは情報発信を通じて、
諸々のポジティブな印象を確立する場所にもなります。

(‘-’)

折角書いたから、投稿したい、公開したい、共有したいという欲求。
これは、殆どの人が抱えているもので、自然な感情です。
だからこそ、出力して、考え、それを引っ込める選択を持つ人は、
その他大勢から、情報発信の面で一歩抜け出す可能性があります。

(‘o’)

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